0137 年
1989 年 6 月 24 日に走りはじめた。
「くしろ湿原ノロッコ号」は、釧路駅から釧網本線を北へ、釧路湿原の中をゆっくり走る観光列車です。はじめて走ったのは 1989 年(平成元年)6 月 24 日。1998 年からは、二代目の車両に替わりました。
走る区間は、釧路駅から塘路(とうろ)駅まで。途中、東釧路、釧路湿原、細岡に止まります。JR 北海道の発表にある時刻では、釧路を 11 時 6 分に出て、塘路に 11 時 51 分に着きます。45 分の旅です。
季節によっては、川湯温泉まで足をのばす「ノロッコ川湯温泉号」や、夕方に走る「夕陽ノロッコ号」もありました。
02乗った人
半年たらずで、6 万人前後。
JR 北海道の釧路支社は、毎年、その年に何日走り、何人が乗ったかを発表しています。
| 年度 | 走った日数 | 本数 | 乗った人 | 1 本あたり |
|---|---|---|---|---|
| 2023 年度 | 141 日 | 410 本 | 63,143 人 | 154 人 |
| 2024 年度 | 138 日 | 390 本 | 62,975 人 | 161 人 |
| 2025 年度 | 130 日 | 364 本 | 58,465 人 | 161 人 |
JR 北海道 釧路支社の発表から。川湯温泉号、夕陽ノロッコ号などを含む。2023 年度は、試しに増やして走らせた分を含む。
走るのは、4 月の終わりから 10 月のはじめまでです。2025 年度は 4 月 26 日から 10 月 5 日までの 130 日で、58,465 人が乗りました。1 日あたり、およそ 450 人です。夏の 52 日間は、1 日 2 往復しています。
1 本あたりの人数は、2024 年度も 2025 年度も 161 人でした。走る日数は少し減りましたが、1 本ごとの混み具合は変わっていません。
03沿線
昆布のテープカットと、駅でのお出迎え。
発表を読むと、この列車が、沿線の町に支えられてきたことが分かります。
毎年の出発式では、テープの代わりに、釧路町の昆布を切る「コンブカット」をしてきました。塘路駅では、標茶町の人たちが、着いたお客さまを出迎えています。釧路湿原駅では、地元の小学生が一日駅長を務めました。川湯温泉まで走る日には、標茶駅と川湯温泉駅で、土地の品物の販売もありました。
うまくいかない年もあります。2025 年度の夕陽ノロッコ号は、11 日間走る予定でしたが、天気の悪さと、車輪についた傷のために 5 日間が運休になり、走ったのは 6 日間でした。
04最後
最後の運転は、2026 年 10 月 10 日。
2026 年 8 月、JR 北海道は、くしろ湿原ノロッコ号の運転を 2026 年かぎりで終えると発表しました。理由は、車両が古くなったことです。
ふだんの運転は、10 月 4 日で終わりました。そのあと、2 日間だけ、最後の特別な運転があります。10 月 9 日は、川湯温泉まで 1 往復。10 月 10 日は、釧路と塘路のあいだを 1 往復。この 10 月 10 日が、最後の運転の日です。
最後の 2 日間は、沿線の駅で、町の人たちが横断幕を持って出迎えと見送りをする、と発表されています。
このあとに代わりの列車が走るのかどうかは、ここで読んだ発表には書かれていません。分かったら、書き足します。
列車が走ってきた湿原のことは「釧路湿原は、誰の土地か」に、湿原で冬を越す鳥のことは「鶴居村とタンチョウ」に書きました。
- くしろ湿原ノロッコ号は、1989 年 6 月 24 日に走りはじめた。釧路から塘路まで 45 分。
- 2025 年度は 130 日で 58,465 人。2024 年度は 138 日で 62,975 人。
- 車両が古くなったため、2026 年かぎりで運転を終える。
- 最後の運転は、2026 年 10 月 10 日。37 年の運転だった。
出どころ:JR 北海道 釧路支社の発表「2024 年度『くしろ湿原ノロッコ号』の運行実績について」(2024 年 11 月 7 日)、「2025 年度『くしろ湿原ノロッコ号』の運行実績について」(2025 年 10 月 30 日)、「『くしろ湿原ノロッコ号』ラストランを実施します」(2026 年 8 月 7 日)、「ラストランでの取り組みを紹介します」(2026 年 9 月 30 日)。このページの最終更新:2026 年 10 月 14 日。